蒼月記・神話 |
誰も知らぬ祖の詩を。 忘れゆくあの時の詩を。 今、詠おう―― 世は、幾重もの空間に別れている。 ある所は『現界』。 ある所は『天界』。 ある所は『霊界』。 ある所は『冥界』。 ある所は『魔界』。 それらには、祖となり得る者どもがそれぞれの居を構えていた。 『現界』にアルハドル。 『天界』にヴァダラック。 『霊界』にシャルー。 『冥界』にムジヴァ。 『魔界』にペルセフ。 それらは、後に『五祖』と呼ばれる。 ある時。 それらとは別な者が、現界へと赴く。 彼の者はルークと言う。 ルークは偉大なる力を秘めし『創造の剣』を携えていた。 意志在るものを作り出す、唯一の力。 剣の力は多く秘められていた。 されど、限られていた。 故に。 壮大な一個を創造するのか。 微弱な数多を創造するのか。 やがてルークは、数多なる微弱な意志あるものを生み出した。 あるものは小さく、細やかな事を好み。 あるものは大きく、力強き事を好み。 あるものは高く、羽ばたく事を好み。 あるものは低く、潜る事を好み。 あるものは弱く、思慮する事を好む。 それらは皆、創造を成したルークに似て、人に似た姿をしていた。 ルークはそれぞれに名を付けた。 霊人、地人、巨人、翼人、海人…… 最後に生み出した、最も己に近き姿で最も力弱きものは、人間とした。 創造は一度そこで止められた。 『創造の剣』は未だ力漲らせていたが、ルークは微かに欠けた創造の力戻るまで、剣を休ませようと考え、そのようにしていた。 しばしの時流れ。 『現界』には『創造の剣』によって生み出された、意志在るもの達が根付く。 それを見て。 既に居た者達は嫉妬した。 我らに無き力を何故、彼の者は持っているのかと。 すぐに行動は起きた。 五祖はこぞって『創造の剣』を欲する。 ルークは渡すまいとしたが、やがて剣は奪われた。 始めに剣を手にしたのはヴァダラックであった。 ヴァダラックは剣力を使い、数々の己の眷族を生み出した。 主に姿似たそれらは後に『龍』と呼ばれる。 その創造で『創造の剣』の力は多く使われた。 次に剣を手にしたのはシャルーであった。 シャルーは剣の力使い、数々の己の眷族を生み出した。 姿を持たぬそれらは後に『神』や『精霊』と呼ばれる。 その創造で『創造の剣』の力は多く失われた。 次に剣を手にしたのはペルセフであった。 ペルセフは剣の力使い、数々の己の眷族を生み出した。 規則無き様々な姿をしたそれらは後に『魔』や『獣』と呼ばれる。 その創造で『創造の剣』の力は弱まった。 次に剣を手にしたのはムジヴァであった。 ムジヴァは剣の力使い、数々の己の眷族を生み出した。 しかし剣の力弱く、あまりにも多く生み出したが為に、それらは意志持たぬものとなってしまった。 何処か今まで創造されたものに似ていたが、命もたず、また己のみで動く事はないそれらは、後に『死者』と呼ばれる。 その創造で『創造の剣』の力は殆ど失われた。 最後に剣を手にしたのはアルハドルであった。 アルハドルは剣の力使い、数々の己の眷族を生み出そうとしたが、剣の力は無きに等しく、己の力足してようやっと生み出したのは、己に似た姿のものたった一つ。 そのたった一つは、大きな力を持ったが、何者からか命を得なければ生きられぬ者となってしまった。 そうして『創造の剣』の力は完全に失われた。 それでもアルハドルは眷族を欲した。 アルハドルはそのたった一つに『ドルキル』と名を与え、共に己の力だけで創造を行った。 生み出す事はどうにか成り、眷族は幾らばかりかの数となった。 しかし、それらは不完全で、他の者から血を、或いは生気を、或いは命を得なければ、生きる事叶わぬ者となった。 それらは後に『吸血鬼』『吸精鬼』『吸魂鬼』と呼ばれる。 力失った『創造の剣』は、打ち捨てられルークの手に戻る。 ルークはしかし、力無き剣を捨てる事はせず、いくばかりか己の力を分け与え、力戻るまで一枚の紙へと『創造の剣』を封じた。 創造にて欲満たされた五祖は、また別のものを欲す。 『現界』にて根付く意志在るもの。 その支配。 やがて五祖は争いを始めた。 それは五祖のみの争いに留まらず、己らの眷族を率いての酷き混乱へと成る。 争いは長く、続く。 『現界』は荒れ、そこにようやっと根付いた意志在るもの達の多くが死した。 ルークはそれを酷く嘆き、己の力の全てで持って、意志在るもの達を護る。 そうしたことで、ルークは五祖にも並ぶその力を失い、最後に創った己と最も近しい姿のもの、『人間』へと生まれ変わった。 争いの終焉。 『現界』を征するは、始めより『現界』に居を構えていたアルハドルであった。 敗れた者達はそれぞれの世界に追いやられ、二度と『現界』へ姿見せる事が出来ぬようにされた。 そうして、『現界』に根付いた意志在るもの達は、アルハドルの拳族に支配される。 中でもアルハドルの創った始めの一つ、ドルキルは、先の争いで追いやった五祖を酷く憎んでいた。 ドルキルは五祖の名を口にする事すら厳しく咎める。 ゆえに敗れた五祖は、それぞれに異名でもって呼ばれた。 『龍魔神』ヴァダラック。 『馬天神』シャルー。 『冥界覇王』ムジヴァ。 『白き死神』ペルセフ。 ただアルハドルだけは、その眷族達の敬意により、『神祖』と呼ばれるようになる。 支配は長く、長く続く。 支配の中、それでも意志在るもの達は世に根付く。 やがて五祖の争いの記憶は、『始祖大戦』と名の付く遠き御伽話と語られる―― 永き、永き時の果て。 我らが在るのは何ぞ。 誰も知らぬ祖の詩を。 忘れゆくあの時の詩を。 詠い継げよ。 なお、永く。 |